伊藤忠商事のSAP S/4HANAへの移行におけるIT戦略

伊藤忠商事のSAP S/4HANAへの移行におけるIT戦略

 伊藤忠商事株式会社は「商いの次世代化」への変革を支える基幹システムの刷新プロジェクトを推進している。

 国内本社と海外ともにSAP S/4HANAを採用したが、国内はCTCのクラウドサービス「CUVICmc2」上に既存システムを移行し、海外はSaaS型のSAP S/4HANA Cloudを新規で導入した。2つのシステムはDXの中核基盤となり、データを活用したビジネス変革を支えている。



▼ 目次
1. 国内の基幹システムをSAP S/4HANAに移行し、リアルタイム計上など次世代の業務要件を実現
2. 海外24カ国約50拠点の基幹システムにSaaS型のSAP S/4HANA Cloudを採用
3. 国内は現行移行の「マイグレーション」海外は新規構築の「リビルド(再構築)」を採用
4. 短期間の拡張や開発自由度の高さを評価し国内のインフラ基盤にCUVICmc2を選択
5. マルチクラウド化に向けAPI連携を検討





1. 国内の基幹システムをSAP S/4HANAに移行し、リアルタイム計上など次世代の業務要件を実現

 大手総合商社の伊藤忠商事は、繊維、機械、金属、エネルギー・化学品、食料、住生活、情報・金融、第8の8カンパニーから成り立ち、原料などの川上から小売などの川下までを包括的にカバーしている。連結純利益4,500億円を目指した2018年度からの中期経営計画では、3カ年計画の予定を1年前倒しで達成し、現在はアフターコロナ時代に備えた足場固めを行っている。

 同社のビジネスを支える基幹システムは、1970年代からメインフレーム上で運用してきた。その後、2001年にSAP R/3を導入し、2009年にはSAP® ERP(SAP ERP6.0)にバージョンアップしたものの、システムのコンセプトは大きく変えていなかった。既存システムの延長では次世代型経営のリスクにつながると危機感を抱いた同社は、SAP S/4HANAへの移行を決定。伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)をプライムパートナーにプロジェクトを進め、2018年5月に切り替えた。

 加えて全社員のデータ活用基盤となる「全社統合データ基盤(Data Lake)」を新たに構築した基盤刷新(Phase1)のプロジェクトを終えた同社は、2017年末から実際の経理・会計業務の高度化に向けて、次世代の業務要件を実現するPhase2のプロジェクトを開始。連結与信、事業管理、貿易決済など会計領域の業務のシステム改修を経て、2020年5月にはこれまで夜間バッチで実施していた計上処理のリアルタイム化を実現している。その結果、当日中に請求書を発行することが可能になり、業務は大きな変革を遂げた。IT企画部 全社システム室長の浦上善一郎氏は次のように語る。

 「これまでは夜間のバッチ処理で翌日朝に計上された請求書を、東西のコンピュータセンターで一括印刷し、社内便で国内の業務拠点に配送していましたが、リアルタイム計上の実現によって、部門が独自に印刷するオンデマンド印刷に切り替えました。その結果、部門が好きなタイミングで請求書印刷が可能になりました。2021年2月には請求書や納品書のWeb配信を開始する予定で、これによってさらなる請求書発送のリードタイムの短縮、ペーパーレス化、コスト削減が実現する見込みです。」


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伊藤忠商事株式会社
IT企画部
全社システム室長
浦上 善一郎 氏



 その他にも、ユーザビリティの向上を目指してユーザーインターフェースをSAP GUIからWebベースのGUI、SAP Fiori®に切り替えた。2020年5月までに「汎用仕訳入力」「資金管理」「有価証券管理」の3業務でSAP Fiori化を実現している。ここまでで、2016年から進めてきた国内の次世代基幹システムの刷新プロジェクト(Phase1/Phase2)はいったん終了し、現在はさらなるペーパーレス実現のための帳票基盤の機能拡張と、全社統合データ基盤の活用拡大と定着化を進めている。






2. 海外24カ国約50拠点の基幹システムにSaaS型のSAP S/4HANA Cloudを採用

 国内の次世代基幹システムプロジェクトを進める一方で、2019年からは海外現地法人・海外事業会社で利用しているSAP ERPのSAP S/4HANA移行にも着手した。伊藤忠商事は国内に先駆けて1996年に米国現地法人へSAP ERPを導入し、2002年からはこれをベースに欧州およびアジアの現地法人や事業会社に横展開。「海外基本システム“G-SAP”(ジーサップ)」として、24カ国約50拠点まで拡大してきた。しかし、稼働から年数が経つうちに本来のERPのあるべき利用方法との乖離があり、また、SAP ERP 6.0の保守サポート終了も近づいてきたことから、海外拠点のSAP S/4HANA Cloud移行を決断した。

 海外の移行プロジェクトは、主幹ベンダーとしてG-SAPの開発・運用を支援してきたCTCを再びパートナーに指名。最初のターゲットとして2019年4月から構築を進めた北米現地法人は、2020年11月に本稼働を開始した。現在は2021年中の終了を目指し、北米拠点傘下のグループ12社への横展開に向けて要件定義に着手している。その後の計画は検討段階だが、2027年のSAP ERP 6.0の保守サポート終了までには欧州やアジアの拠点もSAP S/4HANA Cloudに順次移行していく構想だ。





3. 国内は現行移行の「マイグレーション」海外は新規構築の「リビルド(再構築)」を採用

 日本国内ではSAP S/4HANA、海外拠点にはSAP S/4HANA Cloudを採用するにあたって、大きな違いは移行方式にある。国内の次世代基幹システム構築プロジェクトでは、現行のシステム環境をそのまま移行する「マイグレーション」方式を採用。一方の海外拠点は、ゼロからSAP S/4HANAの新機能を導入する「リビルド」方式を採用した。浦上氏は国内と海外で異なる移行方針を選択した理由を次のように説明する。



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図 1. 国内と海外プロジェクトで大きく変えた移行方式



 「国内は2011年から2016年にかけて大規模な業務改革(BPR)に取り組んできたこともあり、現有資産を有効活用するためにアドオンも含めてそのまま移行するマイグレーション方式を採用しました。ただ、マイグレーション方式は経営側から価値が見えづらくなるため、経営会議で価値の向上について説明して理解を得ました。海外のシステムは当初からSAP標準ベースで構築し、アドオンは2割程度に抑えていたため、2回目となる次世代G-SAPプロジェクトで大幅な業務改革を進める必要もなく、開発工数を極小化することが可能であることからリビルド方式を採用しました。」

 また、海外の基幹システムには原則としてアドオンやカスタマイズを前提としないSaaS型のSAP S/4HANA Cloudを採用したが、その狙いは徹底した標準化にある。SAP S/4HANAでは1年に1回のバージョンアップが必ず発生する。その際、アドオンがあると改修の工数がかかり、新たにリリースされた先進的な機能も有効に活用することができない。そのためSaaS型のSAP S/4HANA Cloudを採用し、要件に合わない標準機能を修正(モディフィケーション)したり、要件を満たさない仕様をアドオン(機能追加)により補完したりするのではなく、標準機能をそのまま活用する「Fit to Standard」のアプローチで、ベストプラクティスであるSAP S/4HANAのフル機能を活用する方針で導入を進めている。北米拠点のプロジェクトでは入念にアドオン削減に踏み切った結果、アドオンを90%削減し、既存SAP ERPに約3,000本あった標準機能のモディフィケーションをすべて撤廃している。





4. 短期間の拡張や開発自由度の高さを評価し国内のインフラ基盤にCUVICmc2を選択

 現行のシステム環境をそのまま移行するマイグレーション方式を採用した国内のSAP S/4HANAでは、基盤となるインフラにCTCの基幹系特化型クラウドサービス「CUVICmc2(キュービックエムシーツー)」を採用している。その理由とそのメリットを浦上氏はこう説明する。

 「SAP ERPに最適化したクラウド基盤サービス(IaaS)として私たちが求めるサービスレベルを維持し続けてくれることと、システムリソースの実使用量に応じた従量課金制でシステムの開発工程から稼働後の運用も含めてコスト削減の効果を見込めると考えました。インフラの運用を、セキュリティーや監視を含めてすべてCUVICmc2側に任せることができるため、私たちは業務エリアの開発に集中することができます。」

 CUVICmc2のメリットとして、インフラ基盤として汎用性が高いことも挙げられる。国内の次世代基幹システムはSAP S/4HANAばかりでなく、インメモリーデータベースのSAP HANAで構築した全社統合データ基盤(Data Lake)や、統合BIツールのSAP® BusinessObjects™、連結決算(ECCS)などで構成している。それらの周辺システムもすべてCUVICmc2上で運用することができるため、開発部隊としても使い勝手がよく、新しい機能やシステムを追加する際も柔軟にインフラリソースの増設・増強ができる。このように、インフラ運用に制限がないことも同社がCUVICmc2を利用し続ける理由の1つだ。

 2019年8月にはSAPがSAP S/4HANAをリリース後に新機能追加と品質改善を目的として1年に1度リリースする定期システムアップデート(1511→1709)を実施した。そこでもインフラのリソース拡張が容易なCUVICmc2のメリットが発揮されている。

 「システムアップデートの際には、クラウドの迅速性を生かして本番環境と同等レベルのテスト環境をCTCから短時間で払い出していただき、現新比較のテストを実施しました。稼働検証のテストはボリュームが多く、工数が膨らむため、CUVICmc2上でテストを自動化することで工数を抑制することができました。」(浦上氏)






5. マルチクラウド化に向けAPI連携を検討

 以上のように伊藤忠商事は、国内と海外でプロジェクトのアプローチを変えている。インフラも国内はCUVICmc2をSAP ERPに最適化しつつ他システムも制限なく収容可能なIaaSの採用により開発の柔軟性を高めた。海外はアプリケーションと一体となったSaaSを採用し、標準化を維持している。そんな同社が今後目指すのは、国内と海外の基盤連携と、SaaSのさらなる活用だ。


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図 2. 今後のマルチクラウド構想イメージ



 「今後はマルチクラウド化に向けて国内のCUVICmc2上で稼働するアプリケーションと海外のSAP S/4HANA CloudやSAP® Analytics CloudとのAPI連携も検討しています。国内では人事システム・タレントマネジメントシステムにSaaS型のSAP SuccessFactors®を導入する予定で、現在は要件定義に着手しています。今後、SaaS型のソリューションは増えていくことが予想されるため、CTCにはクラウド間連携の強化に期待しています。」(浦上氏)




 クラウドの活用にも、SAP S/4HANAへの移行にもさまざまな選択肢があるが、企業にとって重要なのは、自社にとっての最適解を探すことだ。「商いの次世代化」への変革を目指す伊藤忠商事は、マルチクラウドを軸に業務プロセス全体のデジタル化を進めていく。




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